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百合だけど、百合じゃなかった!―ぼっち目線で見る「思い出のマーニー」感想(ネタバレ有)

「あなたが好きよ、マーニー!」というCMに釣られ、今更ながら思い出のマーニーを観に行ってきた。完全に鈴木Pの策略に踊らされている。

ジブリ最新作の大胆すぎるボツコピー 鈴木敏夫氏が明かす 〈dot.〉|dot.ドット 朝日新聞出版

なんだよ「ふたりだけのいけないこと」って。釣られてやったよこんちくしょう。

で、釣られた結果どうだったかというとタイトル通り、百合だけど百合じゃなかった。
場面場面で見ると、素晴らしく百合百合しい。手を添え、密着しながら教えるボート漕ぎ。手を取り合い、星空の下二人で踊るダンス。誰にも言ってはいけない、二人だけの秘密の世界。
そして「愛しているわ」「あなたが好きよ」「大好き!」という応酬。(「女の子の中で一番」「今まであった人の中で一番」という言い回しのズレはあるが)
いやこれ全く狙ってなかったら嘘だろうと思うのだが、そこはジブリ、やはり「百合」では終わらない。そりゃあね、ジブリがガチ百合はやらんよね。おばあちゃんかい!っていうね。
だが釣られた事に後悔しているかというと、全くそんな事はない。
杏奈にとってマーニーとの思い出は、ひと夏の百合イベントでは無かったのだ。それは愛されていたあの頃の記憶の追体験であり、愛してくれた人に再び愛された思い出だった。
自己肯定感にちょっぴり問題があるぼっちメンにとって、これはもうグッとこざるをえないよね。正直泣いた。

ただこの映画、すごく分かりづらい。難解で高尚だとかそういったベクトルではなくて、登場人物の感情の動きが読み取り辛いのだ。
個人的には自分自身ぼっち気質という事もあり、きっとこうなんだろう、うんうん分かるぞ、と勝手に感情移入して脳内補完しながら観るのがまた楽しかった。
が、これは単純に欠点と言われても仕方がないのではないかと思う。


話は変わるが、色々言われている「マーニー=金髪美少女(外国人)としたのは正解だったのか否か」について少し書きたい。個人的にこれ、正解だったと思うのだ。
なぜなら「どうして杏奈が一瞬でマーニーに心を許したのか?」という事の理由になっているからだ。コミュニケーションが苦手で、自分に立ち入られる事を拒む杏奈。その杏奈が何故マーニーには気を許したのか。
ふとっちょ豚な委員長と違って可愛かったから…ではもちろんなくて、一目で「輪の外側」にいる人間だと分かったからではないだろうか。*1

冒頭、杏奈は自分を「輪の外側」にいる人間だと話す。それはもちろん疎外感、孤独感の表現なのだろうが、そこにはある種の優越感も感じられる。
割と「ぼっち」あるあるだと思うのだが、輪の中をうらやみながらもちょっと見下してるあの感じ。あー…古傷がうずく…

で、そんなメンタリティの主人公の元に誰も住んでいないはずのお屋敷から、幻想的な雰囲気漂う白皙の美少女が現れたわけだ。
明らかに「輪の内側」にいるような普通の子じゃない。しかも何故か最初から自分に対して好感度高め。こりゃあもう惹かれないはずがないよねっていう。
杏奈は「自分が嫌い」と言いながらも、自分を特別視しているような所がある。その杏奈にとって、相手が「異質である」という事が惹かれる要素として重要なのだと思う。*2
また、いかにも「幻想の中の女の子」という雰囲気を出しておきながら、実は自分と地続きの存在だった!という意外性が個人的には話の構成として面白かった。


この作品で凄く良かったのが、「太っちょぶた」と言ったことにちゃんと謝ったこと。
「いや普通じゃね?」と言われそうだが、こういうタイプのキャラクターをただ敵視したまま終わる作品は結構多い。「消えて」みたいに突っぱねたりとか、コップの水をかけたりとか。そんでもってマーニーのような「輪の外側」の存在と出会い、二人きりの君と僕ワールドが形成されていく。それだけ。
そういう作品も嫌いじゃない、嫌いじゃないけれど現実にはそうはいかない。
現実には委員長のようなタイプとも付き合っていかなくてはいけないし、輪の外の存在ときゃっきゃウフフのまま閉じた世界に籠もれるはずもない。
だから、「太っちょぶた」と言ったらちゃんとごめんなさいしなきゃいけない。
それに何より、当たり前だが相手だって傷つくのだ。以前見たアニメに「ナイーブな奴って人のナイーブさには鈍感なんだよな」というセリフがあってグサッときたのだが、*3中盤までにおいて杏奈はまさしくこの「ナイーブな奴」だった。

「太っちょ豚」と言った自分を嫌いだと言ってはいるが、結局はそこでは「そんな事を言う自分が嫌」という自分の事しか考えていない。
そんなナイーブさから脱して、相手を想って謝れるようになった。物語の中においてちゃんと杏奈が社会性を獲得している。そこにグッときた。

 

最後にもう一つ良かったのが、「一度も電話かけてこなかったわね」と、母親の成長もさらっと描かれていたことだ。
厄介払いという杏奈の見方は間違ってはいる。だが実際療養だけでなく、自分と杏奈を引き離すことも目的だったのだろう。子が成長するだけでは、親子関係はなかなか上手くいかない。そこで母親の成長もさせているというこの行き届きっぷりが良い。

人によってはこの辺りも含め上手くいきすぎている、理想的すぎると感じるかもしれない。だが私は「自分以外の人間を受け入れる」という事の希望に満ちたこの作品が、とても好きだ。過去にぼっちだった人間として、そして未だその気質を引きずる人間として、あのラストを肯定したいのだ。
あんな風にできたらいいよな、という憧れなのかもしれない。…杏奈だけに。

 

思い出のマーニー (ロマンアルバム)

思い出のマーニー (ロマンアルバム)

 

 

*1:「前にも会った気がする」的なセリフが確かあったと思うので、記憶の残滓みたいなものも影響しているのだとは思う

*2:原作は読んでいないので、原作でどう惹かれているのかは知らない。ただ飽くまで映画から読み取れる情報からの解釈として、この点にマーニーのビジュアル上の意義を感じた

*3:『銀河機攻隊 マジェスティックプリンス』4話より